音源はCDもしくはAmazonミュージックよりプレイヤー側のシャッフルで選曲されます。
何が選ばれるか分からないので、毎日の楽しみとして聴いていこうと思います。
今日の1曲は『Moanin』
今日選曲したのはアート・ブレイキーの「Moanin」です。
今までも1度は聴いたことのある曲を紹介したことはありますが、この曲ほど1度は聴いたことあるでしょって曲はないと思います。
誰しもが「あぁ、聴いたことある」ってなるはずですよ。
アート・ブレイキーについて
米国のジャズドラマー。
ペンシルベニア州ピッツバーグ生まれ。親日家として知られる。1961年の初来日以降、何度も日本で演奏をおこなった。
初来日時、とあるファンから記念写真をせがまれ、「オレは黒人だぞ。一緒に写真に収まってもいいのか?」と驚き、ファンが「そんなこと知ってます。ぜひ一緒に」と答えたことにさらに驚き喜んだ。当時のアメリカでは有色人種に対する差別が公然と行われていた為、ブレイキー一行はそのファンの反応に戸惑いを感じると同時に、大いに感銘を受けたようである。彼の演奏した曲の中には"Ugetsu(雨月)" On The Ginza(オン・ザ・ギンザ)"など、日本をテーマにしたものも存在する。メッセンジャーズにも'70年代以降鈴木良雄、鈴木勲等の日本人がレギュラーまたは客演で加わっているほか、かつての妻の一人も日本人であったという。また来日時には、日本人ドラマーのジョージ川口、白木秀雄らともドラム合戦を繰り広げた。自分の息子に「Taro(太郎)」と名付けていたり、日本酒を大いに気に入り、千鳥足でステージに上がったこともあったという。使用するドラムも晩年は日本のPearlと契約し、亡くなるまで愛用した。
また東京での公演がTBS系列で日本全国にラジオ中継されると聞かされて、彼を始めジャズメッセンジャーズのメンバーは大いに奮起した。前述の初来日時の感激やインスピレーションが、親日家アート・ブレイキーを生んだと伝えられている。帰国を前に、彼は「私は今まで世界を旅してきたが、日本ほど私の心に強い印象を残してくれた国はない。それは演奏を聴く態度は勿論、何よりも嬉しいのは、アフリカを除いて、世界中で日本だけが我々を人間として歓迎してくれたことだ。人間として! ヒューマンビーイングとして!」[2]とも述べている。
その後、亡くなる間際まで来日を繰り返し、特に夏のフェスティバルでは顔役的存在であった。
収録アルバム紹介
今回紹介したMoaninは、ジャズ百貨店より選曲しました。
Moaninを聴いた感想